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2024-02-06

インドへ (五)

アシュラムでは写真や動画を撮ってはいけなかったので、それは残っていないのですが、いくつもの場面が心の中に浮かびあがります。

16階の屋上に毎日洗濯物を干しに行っていたのですが、いつもそこの風景にわぁーっと叫んでいました。360度ぐるりと周りが見渡せて、海や河、椰子の木がずーっと遠くまで続き、朝は端の方がもやの中に溶けていました。東山魁夷の絵のように。

朝のチャイの風景。お寺での朝のお祈りの時間が終わる6時頃になると、チャイが配られます。みんなカップを持って広場に集まり、列に並びます。やがて二人の男性がチャイの大鍋を運んできて、どかっと台にのせて鍋の蓋を取ります。まだ明け方の暗い中、チャイの白い湯気がふわりと立ち上り、辺りに温かいチャイの匂いが漂いました。

もう一つ、絵のように思い浮かぶ風景があります。
アシュラムでは中庭に象が一頭飼われていました。名前はラクシュミちゃん。
時々、檻から外に出される時にフルーツをあげることもできます。
ある日、朝だったのか夕だったのか、象がアンマの住まいの前にいて、鼻をリズミカルに振りながら小さくダンスをするように体を動かしていました。信者の方も何人もいて、灯りの中で何かお祈りをしているようでした。不思議な夢のような光景。

滞在中、二回アンマのダルシャンを受けることができました。列に並び、順番が来るのを辛抱強く待ちます。アンマは一人一人ぎゅーっと抱きしめて、言葉を囁いてくれます。質問を持ってくる人や病気の家族の写真を持ってくる人もいます。一人一人にアンマはじっと向いあわれます。
二回目のダルシャンの時にアンマに囁いてもらった言葉が、わたしにははっと腑に落ちるようなものでした。うまく言えないのですが、わたしが自分の中心と繋がる方法が間違ってなかったんだなと思えるようなことでした。
そして、”Thank you Amma. ”と目を見て伝えると、アンマは目と口を大きく開けて、おどけるように笑ってわたしを見てくれました。

アンマのことは大きすぎて理解できるとは到底言えないけれど、ただ、感じることはできます。
アムリタプリにいる間、ただ子供のように受け取っていたように思います。
アンマの優しさを、豊かさを、細やかな気配りを。

ありがとう アムリタプリ
ありがとう アンマ

(つづく)

※アンマやアムリタプリについて知りたい方は、ホームページがありますので、ご覧ください。

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