2025-11-30
淋しさと向かい合う

ふと、とんでもなく淋しい気持ちになった。
夕方。
あぁどうしようと周りを見渡し、ソファの上で毛づくろいをしていた猫のお腹にとりあえず顔を埋めてみる。さびしいよぉとつぶやくと、猫は自分の毛を舐めるついでに私の顔も舐めてくれました。
額に触れるざらざらの舌の感触と、柔らかなお腹とその日向のような匂いにほっとして顔をあげると、淋しい気持ちはちょっと減っていたけれど。
ジンジャーシロップに温めた豆乳を入れたマグカップを持ってアトリエへ。
この淋しさと向かい合ってみよう。
けれど、そのように淋しさに向かい合う支度をいそいそとしているうちに、淋しさは消えていました。
何だったのでしょう。あの淋しさは…
特に何かがあったわけではないのに、強烈な、体が軋むような淋しさ…
赤ちゃんが泣く時って、そういう淋しさを感じる時があるのかもしれないなと、ふと思いました。
でも、淋しさを感じながら、また別な強い感情を感じたんです。
それは、感謝のようなものでした。
今まで、どれだけの人が私に優しくしてくれたんだろう
どれだけの愛を受け取ってきたんだろう
泣きたいような気持ちになりました。
怒りや嫉妬や苛立ち、そういう感情を抱く自分への嫌悪感やあきらめ、そのようなもろもろを一気に押し流すような強いものでした。
あぁ
溜息。
もうすぐ冬至。
手紙屋さんのユールカードを毎日ひいています。
タグ: 淋しさ
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